東京ディズニーシーの左側に広がるテーマポート、アメリカンウォーターフロント。
20世紀初頭のアメリカをモデルに作られたテーマポートで、S.S.コロンビア号やホテル・ハイタワーなどのランドマークが数多く存在します。
そんなアメリカンウォーターフロントでは、随所に時代背景を紐解くヒントが散りばめられています。
今回は中でもニューヨークエリアに残された馬車の名残をヒントに、当時の交通事情についてご紹介していきたいと思います。
アメリカンウォーターフロントは東京ディズニーシーの向かって左側に広がる20世紀初頭のアメリカをイメージしたテーマポートです。
アメリカンウォーターフロントは大きく3つのエリアに分けることができます。
中でも今回のお話の舞台はニューヨークエリアです。
ニューヨークエリアといえばブロードウェイ・ミュージックシアターやカラフルでオシャレな街並みを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
ニューヨークエリアはその名の通りアメリカのニューヨークをモデルに作られたエリアですが、随所に歴史を感じるプロップスが隠されています。
看板や広告の文字を読み解いて行くと意外な発見ができるので、そういったプロップスを解読して散歩するのも楽しみ方のひとつです。
今回は看板やその他のプロップスに隠されたヒントを元に、当時の交通事情について考察してみました。
それでは早速ご紹介していきます。
ニューヨークエリアの舞台は1912年。
この頃は路面電車から地下鉄、ガス灯から電灯など人々の生活に関わる様々な分野で大きな変化があった時代です。
そんな変移の時代だったニューヨークですが、交通手段においても大きな変化がありました。
それは馬車から自動車への移り変わり。
20世紀初頭は自動車が一気に普及し、馬車が衰退していった時代でした。
1912年には自動車がメインとなり、馬車の姿はほとんど見られなくなっていたとされています。
ですがアメリカンウォーターフロントには、馬車の名残を感じられるプロップスが複数隠されているのです。
まず始めにご紹介するのは、ボリューム満点の和食をいただけることで定評のある「レストラン櫻」入り口付近。
何やらポールのようなものが立っています。
こちらは馬車の馬を停めておくための「馬留め」というものです。
近くで見てみると、馬が留め具を咥えているデザインになっています。
馬留めを見られるのはアメリカンウォーターフロントでここだけです。
自動車が普及するにつれ、馬留めもなくなっていったのでしょうね。
自動車が普及していったこの時代。
アメリカンウォーターフロントでは、様々な場所でこのような標識を見ることができます。
NO PARKING IN THIS BLOCK
この区画は駐車禁止
今もなお随所で見られる光景ですが、自動車が普及し始めた頃から変わらない文化のようですね。
一方で、アメリカンウォーターフロントの入り口でもあるブロードウェイには、このような標識があります。
デザインは駐車禁止の標識と似ていますが…
NO HORSE-DRAWN CONVEYANCES
ON THIS BLOCK
この区画は馬車の通行禁止
ブロードウェイは華やかなエンタメの中枢であり、富裕層が住んでいる街です。
おそらく、自動車の普及も早かったのでしょう。
ちなみに、先にご紹介した馬留めがある通りはウォーターストリートと言い、華やかなブロードウェイとは違い庶民的な街です。
富裕層と庶民の生活の差を感じますね。
ブロードウェイとウォーターストリートでは建物の雰囲気や街灯も違うので、違いを楽しみながらお散歩するのも楽しいですよ。
最後にご紹介するのは大人気アトラクション「タワー・オブ・テラー」にあるプロップスについてです。
タワー・オブ・テラーはかつて、ハリソン・ハイタワー三世がオーナーを務めるホテル・ハイタワーというホテルでした。
建物にはホテルとして使われていた頃の面影が数多く残されているのですが、その中に馬車に関係するものも見ることができます。
建物の右側にあるこちらの看板を見てみましょう。
CARRIAGE ENTRANCE
馬車寄せ
1892年に開業したホテル・ハイタワーには馬車寄せがあったのですね。
その馬車寄せは現在どうなっているのかと言うと…
ファストパス発券場所となっています。
ホテル時代に馬車寄せとして使われていた場所を改装し、タワー・オブ・テラーのツアーにやって来たゲスト向けのチケット発券所にしたわけですね。
ファストパス発券場所の建物内には、このような看板が設置してあります。
COACHMAN MUST BE RESPONSIBLE
FOR THEIR CARRIAGES AT ALL TIMES
馬車の責任は常に御者が持つ
現在駐車場で見かける「駐車場でのトラブルは一切責任を負いません」の看板と似た意味を持つものなのでしょう。
いつの時代も変わりませんね。
ちなみに、ホテル・ハイタワーの近くにはホテルにまつわる新聞や資料が貼られた掲示板があるのですが、その中にこのような写真があります。
ホテル・ハイタワーをバックに撮影された写真ですが、ハイタワー三世が乗ってきたであろう馬車が一緒に写されています。
写真の日付は1884年ですので、この後30年で自動車が急速に普及していったのでしょう。
時代の流れを感じられる貴重な資料ですね。
ホテル・ハイタワーに訪れた際は、ぜひ掲示板の中からこちらの写真を探してみては?
アメリカンウォーターフロントのニューヨークエリアにある馬車の名残についてのご紹介でした。
一見栄えた街に見えますが、まだ馬車と自動車が混在していた時代だったのですね。
ニューヨークエリアでは他にも路面電車と地下鉄、ガス灯と電灯など、様々な面で移行途中であることを確認できます。
そんな変化の最中である街を、ぜひ探検気分で探索してみては?
意外な発見があるかもしれませんよ。
それでは、行ってらっしゃい!